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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)2222号 判決 1983年9月28日

原告 末廣シゲ子

右訴訟代理人弁護士 古川景一

被告 住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役 千代賢治

右訴訟代理人弁護士 川木一正

同 松村和宜

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、金一三〇〇万円及びこれに対する昭和五三年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、訴外篠崎勇は、昭和五一年四月一日被告との間で、次の内容の定期付養老保険「しあわせの保険」(以下「本件保険」という)の契約を締結した。

保険契約者 篠崎勇

保険者 被告

被保険者 篠崎勇

保険種類記号 オ六

証券番号 第七六-〇七〇-四二四六六号

保険期間 三〇年

特別保障期間一五年

特約 災害保障特約

災害割増特約

保険金額(但し、特別保障期間中)

主契約六〇〇万円

災害保障特約 一〇〇万円

災害割増特約 六〇〇万円

支払金額(但し、特別保障期間中)

災害による「死亡又は廃疾」のとき 一三〇〇万円

災害以外による「死亡又は廃疾」のとき 六〇〇万円

死亡保険金受取人 原告

二1. 本件保険の主契約には、被保険者が加入後に発生した病気又は傷害により新たに「両眼の視力を全く永久に失う」などの労働能力を一〇〇パーセント喪失する廃疾状態になったとき廃疾保険金六〇〇万円を死亡保険金受取人に支払う旨定められていた。(廃疾保険金の支払いにつき保険約款第五条及び別表1)。

2. 本件保険の災害保障特約及び災害割増特約には、被保険者が加入後に発生した不慮の事故により新たに「両眼の視力を全く永久に失う」などの労働能力を一〇〇パーセント喪失する廃疾状態になった時、災害廃疾保険金を死亡保険金受取人に支払う旨定められていた。

3. 本件保険の災害保障特約において、災害廃疾保険金は、災害死亡保険金と同額の一〇〇万円と定め災害割増特約において、災害廃疾保険金は六〇〇万円と定められていた。

三、被保険者篠崎勇(以下「勇」という)は、昭和五二年九月六日午後一一時頃、大阪府岸和田市上野町において、自転車の操縦を誤って、道路から一メートル五〇センチ下の田畑に転落し、頸髄損傷・痙性四肢麻痺の傷害を負った。

四、1. 勇は、右受傷の治療のため次のとおり入院加療及び機能回復訓練を受けた。

(一)  昭和五二年九月六日から同月三〇日まで岸和田徳洲会病院にて入院加療

(二)  昭和五二年九月三〇日から同五四年四月一八日まで耳原総合病院にて入院加療

(三)  昭和五四年五月七日から現在まで群馬県立身体障害者リハビリテーションセンターに入所

2. 勇は、前記受傷のため、頸髄損傷による痙性四肢麻痺の後遺症を有し、昭和五三年六月二三日に症状が固定した。現在の症状は次のとおりである。

(一)  手指の巧緻性

勇は、指に力が入らず、指を思うように曲げられないため、群馬県立身体障害者リハビリテーションセンターにおける手作業(カセットテープの箱に入れる包装の紙を三か所折り曲げる作業)も一時間に一〇〇枚程度しかできない。片麻痺のため片手しか使えない者でも一時間一〇〇〇枚位はできる。

(二)  調理及び食事

マッチを擦ること、湯の入ったやかんを持つこと、食器の運搬は困難である。

また、箸を使うこと、生卵の殻を割って器に入れること、骨付の魚を食べる際、指で骨を取ることができず、大きいコップは持てない。

(三)  着衣・脱衣

ボタンをとめたり、ベルトを着装することができず、ゴムの入ったズボンと、Tシャツ、スポーツウェア以外自分で着られない。

(四)  排尿・排便

排便のため医師の処方にかかる下剤を常用しており、自宅で療養する場合、下剤を取りに行くためバスなどの交通機関を独りで利用できない。

また、感覚が鈍いため尿が溜っているのが分らず、動作も鈍いため一月当たり四回位尿を漏らす。

(五)  入浴

転倒の危険があるため独りで入浴するのは危険であり、知覚鈍麻のためお湯の温度を自分では判断できない。脱衣後浴槽までは四つんばいで行く。家庭用の浴槽をまたぐことはできず、独りで身体のすべてを洗い流すことができない。

(六)  洗顔

タオルを使って顔を拭くことが完全にできない。

(七)  歩行

杖を使用した場合一〇〇メートル程しか歩行できず、車椅子を使用してこれを押しながら歩く場合三〇〇メートル程度しか歩行できない。

付添人なしで階段を昇降することは転倒の危険があり困難である。

転倒すると独りで起き上がれず、つかまり立ちがかろうじて可能である。

(八)  独りで電車・バスを利用することは不可能ないし困難である。

(九)  社会生活への適応能力・介護の必要性頸髄損傷により不全麻痺であり、手が利かないため社会生活への適応能力は極めて低い。担当医師の判断によれば、勇の一日の生活中朝の着衣、御飯を炊く、御飯をよそう、御飯を持ち運ぶ、外に出る、階段の昇降、入浴などにつき他の者の介護を必要とする。

3. 勇の右障害の程度は、労働者災害補償保険法施行規則別表障害等級一級の三(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に相当し、したがって、本件保険約款第五条第一項別表1の7の廃疾状態に相当することが明らかである。

五、本件保険の死亡保険金受取人である原告は、昭和五三年六月二八日被告に対し、本件保険契約に基づく廃疾保険金の支払を請求した。

六、よって原告は被告に対し、本件保険契約に基づく廃疾保険金一三〇〇万円及びこれに対する弁済期の経過後である昭和五三年七月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する答弁

一、請求原因一は認める。

二、同二1・2のうち「労働能力を一〇〇パーセント喪失する」との点を否認し、その余の事実を認める。労働能力を一〇〇パーセント喪失することは、保険金支払の要件ではない。

同3の事実は認める。

三、同三の事実は不知。

四、同四1、2の事実は不知。同3は否認する。

五、同五は認める。

六、同六は争う。

第四、被告の主張

以下のとおり、勇の障害は、本件保険約款の高度障害(廃疾)条項のいずれにも該当しないから、原告は、右条項に基づく保険金請求権を有しない。

一、本件保険契約には、高度障害(廃疾)条項として、しあわせの保険約款第五条に次のとおり規定してある。

「被保険者が、責任開始期以後に発生した傷害または疾病により、保険期間中に別表1のいずれかの廃疾状態(備考に定めるところにより認定します。)になったときは、廃疾保険金を死亡保険金受取人に支払います。」

別表1には次の記載がある。

1. 両眼の視力をまったく永久に失ったもの

2. 言語またはそしゃくの機能をまったく永久に失ったもの

3. 両上肢とも、手関節以上で失ったかまたはその用をまったく永久に失ったもの

4. 両下肢とも、足関節以上で失ったかまたはその用をまったく永久に失ったもの

5. 一上肢を手関節以上で失い、かつ、一下肢を足関節以上で失ったかまたはその用をまったく永久に失ったもの

6. 一上肢の用をまったく永久に失い、かつ、一下肢を足関節以上で失ったもの

7. 中枢神経系または精神に著しい障害を残し、終身常時介護を要するもの

8. 胸腹部臓器に著しい障害を残し、終身常時介護を要するもの

二、前記廃疾条項は、原告主張のような労働能力喪失一〇〇パーセントの場合の例示規定と解することはできず、前記別表1に記載されているとおりの限定列挙規定と解するのが相当である。すなわち、

1. 多数の契約者の加入を当然の前提とし、その加入者の相互扶助を目的とする生命保険相互制度においては、加入者各人が一定の出資(保険料の支出)をし、保険事故が発生した時にはその保障を受けるのであるが、保険料の額は、詳細、厳密な死亡率、廃疾発生率、高度障害発生率等を基礎に算出される。

それ故、対象たる廃疾、高度障害が限定できないとするならば、保険料で運営する相互保険制度は、その存在基盤を失なってしまう。

2. 被告会社における廃疾条項の変遷は次のとおりであり、右変遷に照らしても、廃疾条項をもって原告主張の如く労働者災害補償保険法施行規則別表所定の障害等級一級ないし三級に該当する労働能力喪失率一〇〇パーセントの場合を列挙したものでないことは明らかである。

(一)  昭和二五年四月、廃疾状態に対する給付は保険料免除であった。

その廃疾状態は、

(1) 両眼の視力を全く永久に失ったとき

(2) 一眼の視力を全く永久に失い、且つ手、足、腕又は脚の一箇を失なったとき

(3) 手、足、腕又は脚の二箇を失なったとき

(二)  昭和二七年六月には、給付が、保険料免除から保険金支払となり、廃疾保険金を支払うべき廃疾状態を次のとおり約款で定めた。

(1) 両眼の視力を全く永久に失なったとき

(2) 言語及び咀嚼の機能を全く失なったとき

(3) 手又は足の二箇の手関節又は足関節以上で失なったとき

(三)  昭和三五年一一月の改正により、廃疾保険金を支払うべき廃疾状態を拡大した。

(1) 両眼の視力を全く永久に失なったとき

(2) 言語又は咀嚼の機能を全く失なったとき

(3) 両手又は両足を手関節又は足関節以上で失なったとき

(4) 片手又は片足を手関節及び足関節以上で失なったとき

(四)  昭和四五年七月には右(三)の(1)ないし(4)に加え、左の条項が新設された。

(5) 脊髄損傷によって両下肢の用を全く永久に失なったとき

(五)  昭和五一年三月には、前記一に記載の現行条項と同じ八項目の廃疾状態に対し廃疾保険金を支払うこととした。

三、勇の身体障害の状況は次のとおりである。

1. 歩行

杖を使用した場合一〇〇メートル位、車椅子を押しながらでは五〇〇メートル位歩行可能である。

2. 摂食

スプーン、フォークを使用して独りで食べることは可能であり、握り飯、パン以外の御飯も食べられる。

3. 排尿・排便

下剤は使用するものの、設備の整った便所では独りで可能であり、おしめ等の補助器具は不要である。

4. 衣脱の着脱

ボタンのない衣服すなわち、ズボンはゴムの入ったもの、シャツはTシャツかスポーツウェアなら着脱可能である。

5. 入浴

へりの低い風呂なら自分で浴槽に入れるが、看視が必要である。

6. リネン交換、洗顔

不十分ながら独りで可能であり、布団カバー、シーツの交換については、部屋の他の者と互いに手伝って行っている。

7. 担当医師の判断によれば、勇は、神経系統の機能に著しい障害を残しており、随時介護を要するものに該当する。

四、右三の勇の障害状態は、前記一に記載の別表1のいずれの廃疾状態にも該当しない。

すなわち、同表の7にいわゆる「常時介護を要するもの」とは、常時他人の介護なしには生命の維持が不可能な場合を意味するところ、前記三の勇の障害の程度は、部分的介護があれば十分日常生活を営める程度つまり神経系統の機能に著しい障害を残しており、随時介護を要する程度であって、いまだ「常時介護を要する」ほどには至っていない。

五、1. 被告は、保険契約の申込があるときには、「ご契約のしおり、定款、約款」という小冊子を保険契約者に手渡しており、勇の本件保険契約申込書には、しおり受領欄に、勇の受領印が押捺されていることから、右小冊子が右契約申込時、勇に手交されていたことは明らかである。

2. 右しおり一一頁には、保険金の支払いについて次のとおり記載されている。

「1満期保険金の支払い、2死亡保険金の支払い、3廃疾保険金の支払い、被保険者がご契約後または復活後に発生した病気または傷害により、新たに『両眼の視力をまったく永久に失う』などの廃疾状態になられたときは、廃疾保険金をお支払いします。なお、廃疾保険金をお支払いしたときは、廃疾状態になられたときから、ご契約は消滅します。(定期付養老保険「しあわせの保険」普通保険約款第五条をご覧ください)」

と記載されている。

3. 右のとおり、保険契約者である勇は、契約申込みの際本件廃疾条項を含む保険金支払条件について、「ご契約のしおり」を読むことにより了知し、容易に了知し得たのであって、被告から右支払条件を含む重要事項の開示がなされていることは明らかである。

第五、原告の反論

廃疾(高度障害)保険金は、被保険者勇の障害状態が本件保険契約の廃疾保険金支払基準に合致した場合に支払われる。ところで、被告の制定にかかる前記廃疾条項は、公衆に対する事前開示と内容の合理性がある場合に初めて本件保険契約の廃疾保険金支払基準となる。

これに対して、右約款の事前開示若しくは内容の合理性がない場合には、信義則によって約款の文言の合理的解釈若しくは約款内容の改訂されたものが本件保険契約の廃疾(高度障害)保険金支払基準となる。

ところが、以下のとおり、被告は本件廃疾条項について勇に対して事前開示をしておらず、しかも、右条項の内容には合理性がないから、約款の文言の合理的解釈若しくは約款内容の改訂が必要であり、これによって確定した生命保険契約上の廃疾保険金支払基準に勇の障害状態が該当することは明らかである。

一、1. 本件保険契約の普通保険約款第五条及び普通保険約款別表1(第五条と別表1の記載は被告主張のとおり)の掲載されている「ご契約のしおり」には、右別表1に続いて「備考」として、「『常時介護を要するもの』とは、常時他人の介護なしには生命の維持が不可能な場合をいいます。」との記載があるけれども、右備考欄は、全保険会社の参加する生命保険協会が独自に定めた事業方法書に基づくもので、契約当事者を拘束しない。

2.(一) 被告は、廃疾(高度障害)条項について約款本文に記載する以外、パンフレット、しおり等の文書による開示を行っていない。すなわち、被告会社作成、配布にかかるパンフレット(甲第八ないし第一一号証)には、高度障害(廃疾)の場合に保険金を支払う旨の記載しかなく、また「契約のしおり」(甲第七号証)には、「病気または障害により、新たに『両眼の視力を全く永久に失う』などの廃疾状態になられたときは廃疾保険金を死亡保険金受取人にお支払いします」との記載しかない。

(二) 勇は、被告の勧誘員である宮内某から勇の勤務先である日新ステンレス工場内で保険加入を勧誘された際約款などの資料を受領しておらず、ただ宮内からパンフレットを手渡され、保険金の支払条件について「死亡したとき、あるいは廃人同様になったときには全額下りますよ」との説明を受けたのみである。

(三) 右のとおり、本件保険契約締結の時点で、前記廃疾条項の内容は開示されていなかった。

被告は、生命保険契約申込書(乙第四号証の一)の「しおり受領印欄」に「篠崎」の印が押捺されていることをもって勇が本件保険契約締結時までに本件廃疾条項を含む保険約款を受領している根拠とするけれども、右書面中の記入文言は宮内若しくは被告社員が記載し、印鑑も勇が勤務先の工場事務所に預けていたものであり、これを宮内が使用して押印した。したがって右押印の事実があるからといって勇が本件保険契約申込当時本件保険約款を受領していたことにはならない。

3. 普通保険約款別表1の合理性

(一)  本件保険契約の廃疾(高度障害)保険金の支払条件を確定するには、普通保険約款第五条の引用する別表1「対象となる廃疾(高度障害)状態表」(特に7)について合理性の有無を検討しなければならないところ、右別表1の文書は、支払基準に関する生命保険協会及び被告会社の一定の見解を前提として制定されたものであるから、右検討に先立って生命保険協会と被告会社の右見解の合理性の検討が不可欠である。

(二)  勇が本件保険契約を締結した時点において別表1の7には、「中枢神経系または精神に著しい障害を残し終身常時介護を要するもの」と記載されていたところ、昭和五六年四月改訂で、「常時」が「常に」に変り、これに伴って、生命保険協会の内部的解釈運用基準である事業方法書も、従前「『常時介護を要するもの』とは、常時他人の介護なしには生命の維持が不可能な場合をいいます」と規定されていたのが、「『常に介護を要するもの』とは、食物の摂取、排便、排尿その後の後始末、および衣服着脱、起居、歩行、入浴のいずれもが自分ではできず、常に他人の介護を要する状態をいいます」と改められた。

右改訂は、保険約款に関する社会的批判が高まり消費者運動などからの苦情が大蔵省に持ち込まれ、大蔵省からもその不合理性の指摘を受けた結果、生命保険協会及び被告が世論を回避するために行ったというべきである。

(三)  本件保険約款別表1記載の八項目の廃疾(高度障害)状態のうち、1から6までの記載を労災保険の等級に照らすと、一級ないし三級に該当する。

これに対して、中枢神経系の障害の場合(右別表1の7)には、生命保険協会及び被告の見解によれば、植物人間若しくはこれに準ずる超廃疾状態を必須の要件としていることになる。このように、中枢神経系等の障害の場合に限ってかかる特別高度な廃疾状態を必要とする特段の理由は存在せず、かかる基準は合理性に欠ける。

したがって、本件保険約款別表1の7の解釈に当たっても、「常時(常に)介護を要するもの」という文言に拘泥することなく、合理的解釈、改訂を行う必要がある。

4. 生命保険相互制度は、建前としては加入者の相互扶助組織として存在するものの、実質は、相互保険会社の利益分配や資金運用、保険料と保険金の比率等をめぐって会社と保険加入者との利害が対立する面を有しているのであって、生命保険会社が一方的に制定した約款の文言の形式的拘束力をそのまま各生命保険契約の加入者に及ぼした場合には保険加入者の利益が害される危険性を本質的に内包する。

(二)  このような社会的批判の中で、生命保険約款の文言の形式的拘束力を排除して、生命保険契約の合理的な解釈、運用が行われた最近の例として生命保険の手術給付金特約がある。

(1) 被告の手術給付金付疾病入院保障特約第七条には、その別表2に掲げられた次の種類の手術についてのみ手術給付金が支払われる旨定められていた。

開頭術、開胸術、開腹術、ガン手術、四肢切断術、眼球全摘除術、下顎骨離断術、こう頭全摘除術

(2) かつて生命保険会社は、背中を切開しての腎臓手術については、「開腹術」に該当しないとして、手術給付金の支給を拒絶していた。

(3) 右の問題につき、昭和五五年三月六日、衆議院予算委員会で、「不合理きわまりない」との追及がなされ、政府委員は、改善されるべきことを自認し、指導を行う旨答弁した。

(4) 右答弁を受けて、生命保険協会は次のような方針を採用し、これを実行した。

(イ) 前記の指摘された手術は、『もともと約款非該当』のものである。よって、事業方法書の手当による解決方法は採用できない。

(ロ) 約款を改訂する必要がある。

(ハ) それまでの暫定措置として『約款の解釈運用』により気の毒な契約者等の救済をはかる。

(5) その後被告の約款は現行のものに改訂された。

(三)  右のとおり、約款記載の保険金支払条件に関する規定について列示規定と解釈し運用された例がある。

5.(一) 右1ないし4のとおり、本件保険契約においては、廃疾条項を含む本件保険約款の事前開示がなく、また内容に合理性がないのであるから、右保険契約をそのまま生命保険契約上の廃疾(高度障害)保険金支払基準とすることはできない。

(二)  このような場合、生命保険契約上の廃疾(高度障害)保険金支払基準は、被告が保険加入者に事前に開示した内容によって確定されるべきであり、被告は口頭及び文書で「廃人同様になれば保険金がおりる」。「両眼失明等の高度障害(廃疾)になれば保険金が支払われる」との説明を勇を含む一般大衆にしていたのであるから、労働能力を一〇〇パーセント喪失することが生命保険契約上の廃疾(高度障害)保険金の支払基準というべきであり、約款別表1は例示規定と解するのが相当である。

(三)  仮に右(二)の主張が認められないとしても、中枢神経系の著しい障害を残す者については、左記の理由により約款別表1の7の「常時(常に)介護を要するもの」という記載を、「労働能力を喪失し、自宅内の日常行動について他人の介護を必要とするもの」の意味に解し、これを廃疾(高度障害)保険金支払基準とすべきである。すなわち、「常時(常に)介護を要する」なる文言については、一般人における常識的な解釈がなされるべきで、右解釈のために労災保険障害等級表を参照すると、労災保険等級表は、中枢神経系の障害により労働能力を一〇〇パーセント喪失したものにつき「常時介護」、「随時介護」「その他」の三段階(五六年以前は二段階)に分けており、「随時介護」について「自宅内の日常行動は一応できるが、自宅外の行動が困難で随時他人の介護を必要とするもの」と定義し、これ以上の介護の必要なものについては「常時介護」に該当するものとしている。したがって、本件廃疾条項中の「常時(常に)介護を要する」という文言の意味については、右労災保険の等級に関する解釈に準じて解するのが一般人の常識に合致する。

二、そこで、請求原因四2の勇の障害状態が、右のとおり合理的に解釈して得られた廃疾基準に該当するか否かをみる。

たしかに、勇は、食事をスプーンで食べることができ、排尿・排便のためにおむつを使用する必要がなく、短距離を杖などを使って歩行することはできる。しかし、他面、勇は、火の使用、やかんを持つこと、包丁の使用ができないから調理ができず、また独りで風呂に入れないし、医師のところまで、だれかに下剤を取りに行って貰わなければ排便ができない。

右のとおり、勇は二歳の幼児と同程度か、それ以下の行動能力しか有しておらず、生命維持に必要な自宅内での身のまわりの処理を独りでなし得ないことは明らかである。

したがって、勇の障害の程度は、労災保険法施行規則所定の障害等級一級に該当し、ひいては前記一の5(二)、(三)に記載の廃疾(高度障害)保険金支払基準に該当することが明らかである。

第六、証拠<省略>

理由

一、請求原因一の事実、同二1のうち本件保険の主契約に、被保険者が加入後に発生した病気又は傷害により新たに「両眼の視力を全く永久に失う」などの廃疾状態になったとき廃疾保険金六〇〇万円を死亡保険金受取人に支払う旨定められていたこと、同2のうち本件保険の災害保障特約及び災害割増特約には、被保険者が加入後に発生した不慮の事故により新たに「両眼の視力を全く永久に失う」などの廃疾状態になった時災害廃疾保険金を死亡保険金受取人に支払う旨定められていたこと、本件保険約款第五条及び別表1に廃疾保険金の支払いの定めがあること(但し、廃疾状態の解釈すなわち廃疾保険金の支払基準については争いがある)、同3の事実は当事者間に争いがなく、証人篠崎勇の証言及び弁論の全趣旨によれば、勇は、昭和五二年九月六日午後一一時頃、大阪府岸和田市上野町において、自転車にて勤務先から帰宅の途中、道路から約一・五メートル下の田畑に転落し、頸髄損傷・痙性四肢麻痺の傷害を負ったこと、右受傷のため請求原因四1記載のとおり入院加療を受けたことが認められ右認定に反する証拠はない。

二、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

本件保険事故による勇の障害の程度は次のとおりである。

1. 歩行

補助具なしでは歩行が殆んど不可能である。杖を使用した場合一〇〇メートル程度歩行が可能であり、車椅子を使用して、これを押しながら歩く場合五〇〇メートル程の歩行が可能である。

階段の昇降は不可能ではないが不安定なため付添がないと危険であり、バスへの乗降、電車の利用も同様に困難である。

2. 調理及び食事

スプーン、フォークを使用して独りで食物を口に運ぶことはできる。しかし、箸を使うこと、生卵の殻を割って器に入れること、骨付の魚を食べる際指で骨を取り除くことができず、細身のコップは持てるものの大きいコップは持てない。

マッチを擦ること、湯入りのやかんを持つこと食器を運ぶことは困難である。但し、車椅子に食器を載せて車椅子を押しながら運ぶことはできる。

3. 排尿・排便

手すりのある洋式便所でかろうじて独りでできる。しかし自力排便ができず医師の調剤にかかる下剤を使用しなければならない。おしめを使用することはなく、大便の後始末は、ゆっくりとならできる。

4. 衣類の着脱

ボタンのとめはずし、ベルトを着装することはできない。ゴムの入ったズボン、Tシャツ、スポーツウェア、チャック付衣服は自分で着脱可能である。

5. 入浴

へりの低い風呂なら独りで浴槽に入れるが、危険が伴うので看視が必要である。また、知覚鈍麻のため湯加減を自分でみることができない。また、独りで身体のすべてを洗い流すことができない。

6. リネン交換

布団カバー、シーツ交換は、同室の者の部分的介護を受けて行っている。

7. 立ち上がること

椅子から立ち上がることは可能であるが、動作は緩慢かつ不安定である。転倒すると独りで起き上がれず、つかまり立ちがかろうじて可能である。

8. 洗顔

肘関節が十分曲らず、手指がよく開かないため、手をぬらして顔をなでる程度しかできない。タオルをしぼることは水が垂れない程度にしぼれるが、固くしぼれず、動作が緩慢である。

9. 手指の巧緻性

手指を順次一本ずつ動かすことはできないが、同時に全部をゆっくり動かすことはできる。また力がある程度入るのは母指と示指だけである。

そのため、ひもを結ぶにしても、太いひもの堅結びをするのに二〇ないし三〇秒の時間を要する。また、現に療養を受けている群馬県立身体障害者リハビリテーションセンターにおける手作業(カセットテープの箱に入れる包装紙を三か所折り曲げる作業)も、片手しか使えない者でも一時間一〇〇〇枚位はできるのに、勇は一時間に一〇〇枚程度しかできない。

10. 動作の機敏さ

上肢・下肢とも各関節は極めて緩慢に動かすことしかできず、しかもその動きは滑らかでなく、ギクシャクしている。

11. 将来における障害の程度の変化

勇は、前記リハビリテーションセンターにおいて機能訓練、作業訓練などを受けているが、今後、現時点以上の機能の回復は望めず、リハビリテーションは、むしろ現時点における機能を維持するための効果しかない。

三、本件保険契約に高度障害(廃疾)条項として、しあわせの保険約款第五条、及び別表1に被告の主張一のとおり記載されていることは当事者間に争いがない。

ところで、右廃疾条項のうち、別表1の「7中枢神経系または精神に著しい障害を残し、終身常時介護を要するもの」の解釈をめぐり、原告は、本件保険約款の廃疾条項について勇に対し、本件保険契約の締結前事前開示がなされていなかったと主張するところ、いずれも成立に争いのない乙第一号証、第三号証、第四号証の一中「しおり受領印」欄以外の成立に争いのない篠崎勇作成部分、右「しおり受領印」欄の印影が篠崎勇の印章によるものであることは本訴弁論の全趣旨に徴し明らかであるので、右印影は篠崎勇の意思に基づいて顕出されたものと推定されるから、真正に成立したものと認められる乙第四号証の一中の「しおり受領印」欄並びに証人篠崎勇(但し後記採用しない部分を除く)、同丹直秀の各証言を総合すると、昭和五一年三月一八日、本件保険契約申込の際保険勧誘員宮内ミエ子から本件保険約款の登載されている「ご契約のしおり」と題する小冊子を手交されたことが推認され、甲第二二号証、証人篠崎勇の証言中右認定に反する部分は前掲乙第四号証の一に照らしてにわかに採用し難い。

右で認定のとおり、保険契約者である勇に、右契約の成立前本件保険約款の記載された小冊子が手交されており、同人は、前記廃疾約款について事前に認識し得た以上右約款の内容に拘束されるというべきである。

したがって、原告主張の如く、右約款の文言を離れて保険金支払基準を定めねばならないいわれはない。

そこで、勇の障害について適用が問題となる前記廃疾条項別表1の7「中枢神経系または精神に著しい障害を残し、終身常時介護を要するもの」の解釈につき、原告は、被告が労働能力を一〇〇パーセント喪失することが本件保険契約上の廃疾保険金支払基準であると主張し、或いは、労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級二級の「随時介護」について、財団法人労働福祉共済会発行「労災補償障害認定必携」に「自宅内の日常行動は一応できるが、自宅外の行動が困難で随時他人の介護を必要とするもの」と定義してあるところから、これ以上の介護を要するものについては一級の「常時介護」に該当すると解釈した上、本件保険約款の前記廃疾約款にいう「常時介護を要するもの」も同様の基準のもとに解釈すべきであると主張するので以下検討する。

<証拠>を総合すると、

1. 廃疾条項の変遷は、被告の主張二2記載のとおりであり、昭和二五年四月の発足当初における廃疾状態に対する給付は保険料免除であったこと、昭和二七年六月には給付が保険料免除から保険金支払いとなり、昭和三五年一一月・昭和四五年七月の各改訂を経て次第に廃疾条項を拡大し、昭和五一年三月の改訂により現行と同じ八号にわたる廃疾状態に対し廃疾保険金を支払うこととされた。

2. 被告を含む保険会社は、生命保険約款に、廃疾状態の解釈基準を明確化するため、廃疾保険金の支払事由となる高度障害の具体的内容を記載した「備考」を設けており、約款の高度障害、備考の文字は業界の統一文言になっており、かつ、その医学的解釈について生命保険会社の加入する生命保険協会・約款検討専門委員会・医務委員会からの統一見解により運営されている。

本件保険約款の備考欄4には、「『常時介護を要するもの』とは、常時他人の介護なしには生命の維持が不可能な場合をいいます。」と記載されている。

3. 廃疾条項が設けられた趣旨は、被保険者が廃疾になり稼働能力を失ったときは、収入を絶たれ経済的困窮に陥り易く、更に廃疾の原因となった傷害又は疾病のための治療費、療養費を必要とし、また廃疾のために日常生活につき特別の費用を要することもあり、その結果被保険者の経済状態は更に困窮度を増すことになるのに加えて、被保険者が廃疾状態になった場合に、生命保険契約の枠内で保険加入者に何らかの便宜を与えようというにある。

4. 昭和五六年四月、従来植物人間的状態を表わすと定義づけられていた前記廃疾約款別表1の7の記載中「常時」が、基準を少々緩和する意味から、「常に」に改訂され、それに伴い約款の身体障害等級表備考欄が、「『常に介護を要するもの』とは、食物の摂取、排便、排尿、その後の後始末、および衣服着脱、起居、歩行、入浴のいずれもが自分ではできず、常に他人の介護を要する状態をいいます」と改められた。

右で認定した生命保険約款における廃疾条項の変遷、廃疾条項の設けられている趣旨に鑑みると、前記廃疾条項における「常時介護を要するもの」が労災保険法上の労働能力喪失率一〇〇パーセントの場合を指すとは解せられない。また、右2で認定の備考欄の記載も「保険のしおり」に登載されており(前掲乙第一号証による)右の備考欄も保険契約者にとって契約前認識可能である上に、被告を含む生命保険会社らが廃疾条項、備考欄について、生命保険会社の加入する生命保険協会医務委員会の解釈のもとに統一的運営を行っている以上右約款を解釈するための指針たり得るというべきである。そこでこの点をみるに、本件保険契約締結後にその適用基準が少々緩和されたといわれる昭和五六年四月の廃疾条項(高度障害条項)改正に伴い改訂された備考欄の「常に介護を要する」の解釈基準(したがって、右の基準による方が、原告が本来拘束される本件保険約款の廃疾条項並びにその解釈の指針たりうる備考欄の記載によるよりも適用基準が少々緩和されることになる)に照らしても、勇は少なくとも、起居動作、杖を使用しての一〇〇メートル程の歩行、スプーンを使用しての食物の摂取、おしめをつけずしての排尿・排便及びその後始末がいずれも他人の介護なしに行えることが明らかであることから、勇の障害状態は本件保険契約に基づく廃疾保険約款の保険金支払基準を充足しないといわなければならない。

右で認定・説示のとおりであるから、原告の被告に対する本件保険契約に基づく廃疾(高度障害)保険金請求権はいまだ発生していないといわざるを得ない。

四、以上のとおり、原告の本訴請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鎌田義勝)

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